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プロフィール
HN:
Luga
年齢:
18
性別:
女性
誕生日:
1999/01/17
職業:
活動家
趣味:
地味な破壊活動
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2月28日、大切な大切なルーガが亡くなりました
心配してくださっている方もいらっしゃるから早くご報告しなきゃと思いながら
言葉にすると、文字にすると、ルーガの死がほんとうになってしまうのが怖くて
お報せしなければ知らなければ皆さんの心の中ではまだルーガは生きているのだし
言いたくないなあという気持ちが強くてご報告が遅れてしまいました
あるいは単に何もする気になれなかったという方が正しいかもしれません

亡くなる前日意識を失うまで私はルーガの異変に気づかず、気を失っていても
それでもまだ気持ちよさそうに眠ってると思い込んでいて、病院で先生がルーガを
ひと目見た途端、ちょっと検査させてくださいとおっしゃっても結果を待つ間も
ウトウトしているルーガを見ながら、また眠っちゃいましたと笑って話していたのですが、
その時既に意識が混濁した状態だったようで、先生からこれはもう難しいかもしれないと
言われて初めてルーガがほんとうに危険な状態にあったんだということに気づき、
頭が真っ白になったままルーガを預けて帰宅しました
年明けから、歩けなくなったここ1ヶ月は特に昼も夜もずっとルーガの様子を見守り
ただただ回復を願ってきたのに、私はいったい何を見ていたのでしょう

夕方面会に行き、翌日は朝から病院へのご迷惑を顧みず午前の診察時間の終わる
ギリギリまで酸素室の横にへばりついてガラス越しにルーガを見ていました
その間3回ほどふっと意識が戻ったときルーガが私の顔をみつけて、もう視力もほぼ
失っていると先生はおっしゃっていましたがそれでも私としっかり目が合って、
必死で顔を持ち上げようと前足で少しもがいては、それだけで疲れきってすぐに
また意識を失ってしまいました

少しでも意識があるうちにお家に連れて帰れないかと先生に何度も
ご相談したのですが、まだ意識が戻るということは癲癇発作を起こしたり
痙攣したりした時にお家ではすぐにそれをとめてあげるような処置も取れないし、
今は酸素室の中なので呼吸もかなり楽なはずで、点滴にも痛み止めなどが
含まれているので、それを全て取り外してしまうと逆にルーガが苦しむことにもなるから
あと数時間昏睡状態に陥るまで待ってからお家に連れて帰ってあげてください、
この子にとって一番楽な方法を取ってあげるのが良いと思いますよと言われて
そのまま意識を失っているルーガを先生にお預けして帰宅しました

その日夕方までどうやって過ごしたのか
ルーガのベッドの前に座ってぼんやりしていたら3時をまわっていたので、
ああもう少ししたらルーガを迎えにいけると思って支度をして、かなり早めに病院に
到着して駐車場で待ちました
約束の5時の少し前に病院の受付に近寄るとスタッフの方がすぐに気づいて
声をかけてくださって診察室の奥の部屋に入れてもらうと既にルーガが
点滴も外してもらって帰る準備ができていたので「お家‎に帰ろうね」と言って
ぐったりして息の荒いルーガを大判のフリース2枚でくるんで先生にお礼を言って
車に戻りました

痩せたとはいえ7キロのルーガは完全に脱力状態だったせいか、
10キロ以上あるときよりもずっしり重く感じられ、落とさないように気をつけて
家の中に運んでベッドに寝かせました

病院に運転手として付き合ってくれた母がいったん家に戻っている間に
妹と姪が来たり父が来たりしてそのあと呼吸がどんどん弱くなってきて、
7時半をまわった頃主人がタクシーを飛ばして戻ってきて「ルーガルーガ」と言いながら
ルーガの顔を撫でて泣いていて、8時過ぎ呼吸の間隔が長くなったと思ったら
もうその後次の息を吸い込むことを止めてしまいました
ことんことんと一生懸命動いていたルーガの小さな心臓も止まっていました

病院で少し戻したのか、お口が汚れているのが気になっていたので
お湯で絞ったタオルでお顔を拭きながら「よくがんばったね」ってルーガを褒めました
お口の中を覗くと1日でさらに口内炎が増えていて、痛かったね、ごめんね、ごめんね、と
何度も何度も謝ってルーガが可哀想でいろんなこともっと気づいてあげられなくて
申し訳なくてほんとうに申し訳なくて泣きました

その夜のうちに主人がお寺に電話しましたが、翌日すぐに連れていくのはいやで、
主人も一日おいた翌々日のほうが午前中時間がとれそうだと言うので3月1日の朝に
火葬の予約を入れました

亡くなった翌日は病院に電話してとりあえず昨日のことをご報告し、その後いつものように
お顔を拭きブラッシングして、もう冷たくなっているルーガを撫でたり話しかけたりしていましたが、
今にもふっと目を覚ましそうなくらい穏やかな顔をしているのでほんとうに死んでしまったのか
どうか、この期に及んで何度も心臓に手を置いて確かめたりしましたが、午後になって
少し暖かくなってきたのでルーガが夏場いつも枕替わりにしているおっきな保冷材を
タオルに包んで身体の下に2つ入れました

それからルーガの身体の大きさだとお寺で用意してくださる棺桶箱はサイズが
ぴったり合わないことがわかっていたので父になるべくきれいなダンボール箱を探して
ルーガのジャストサイズにしてもらい、白い化粧紙を貼ってピンクのマスキングテープで
デコってかわいいルーガの棺桶を作りました

妹と母が其々にお花やお菓子を持ってきてくれて、夜には主人が花嫁さんが持つような
かわいい花束を買ってきれくれたので火葬の日の朝棺桶の中にルーガと一緒に入れました
お花が入りきらないくらいいっぱいで蓋が閉まらなくて、ルーガがお花乗せすぎで重いって
言ってるよって笑いながらまた泣きました

朝お寺に連れてゆく前にゆぱちゃんが会いに来てくれて、いつもなら大喜びでルーガに
まとわりつくのにこの日は怖がって落ち着かず、ああやっぱりもうこれはルーガじゃないんだ、
蝉や蛇の抜け殻みたいな単なるルーガの抜け殻で、中身はもうないんだ、
ルーガの時間はもう終わってしまったんだということがわかりました

お寺では諸々手続きがありお経をあげてもらってから火葬場に向かったのですが、
お線香を手向けてから火葬炉にルーガを入れる時たまらない気持ちになって
何度も何度もこれはただの器でしかないんだよと自分に言い聞かせて
それでもルーガが大切にしてきた身体なので燃やしてそれでもしまうのがやっぱり
悲しくて一緒に火葬炉に飛び込みたいような気持ちでした

1時間弱でルーガが焼きあがり、主人はその少し前に時間がなくて仕事に戻ったので
母とふたりで拾骨したのですが、危惧した通りルーガの骨はかなり崩れて灰になって
しまっていて少なく、頭蓋骨を持ち上げようとお箸で触れただけでくしゃっと崩れて
割れてしまいました
それでも上顎と小さな歯の列は残っておりその部分も手を添えながら崩さないように
骨壷に入れて持ち帰りましたが、帰宅してから早速骨壷を開けて中を確認すると
車の振動などで揺れたせいか骨が崩れて嵩が減り沈んだようになって小さな歯も
ほとんど取れて下に落ちてしまっていました

部屋の中はそのままで冷蔵庫にもルーガのための食材がたくさん入っていて、
洗ったルーガの器はキッチンに重ねられたままで、クッションもベッドもなにもかも
そのままなのにルーガだけがいないのが不思議で、これからどうしたらいいのか
わかりません
飲んだお薬やトイレの時間、その日の調子などをチェックするためのノートも
最後の頁が開いたままそのままテーブルに乗っています
食べてくれることを願って手当り次第いろいろ取り寄せてみたルーガのおやつや
トッピング類は、急だったので中身確認すらせずにおきっぱなしだし、これからは
お買い物に行ってももうルーガのものを買う必要もなければ、お出かけしても
ルーガが待ってると思って大急ぎで帰ることもないし、階段を自分で上り下りしないための
柵ももう要りません


ルーガはこの13年間楽しかったかな
きっと言いたいことはたくさんあっただろうに
ごめんね
あんまりわかってあげられなくてごめんね



まだまだ一緒にいたかったのに、12月に体調を崩して1月半ばには歩けくなり、
さあこれからのんびり介助生活楽しみながら一緒に頑張ろうねと思っていたら
あっという間にいなくなってしまいました
結婚して翌年ルーガがやってきてそれ以来ずっとルーガ中心の生活で、
特に晩年は如何にルーガが快適な生活を送れるかそのことばかり考えながら、
日々生活していたので、これからどうやってその時間過ごせばいいのか
考えるだけで喉が締め付けられるように苦しくなります

最後になりましたが、仲良くしてくださった方々、お友達のワンコたち、ルーガがいろいろ
お世話になりました
本当にありがとうございました




足のマッサージを待つルーガ
2月23日








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